震災通信2011年8月

—- 8月4日号 the-people 2011/08/04 17:53:00 豪雨と余震に見舞われた7月末から1歩抜け出して、8月に入りました。いわき七浜に海水浴客の姿はありませんが、夏祭りのシーズンがいわきにも訪れています。8月6日からは平で恒例の七夕祭が催されます。11日には小名浜花火大会が、「NIPPON LIGHT UP」とタイアップする形で、規模はかなり縮小するものの開催される予定になっています。そして、13日からのお盆の間はいわき市内のあちらこちらでじゃんがら念仏踊りの鐘と太鼓の音が響くことになります。鎮魂と復興。二つの祈りを込めた祭りの日々になることでしょう。昨日は、日本でLOHAS(ロハス)を最初に紹介したソーシャルアクションプロデューサーの大和田順子さん一行と一緒に、常磐湯本温泉の老舗旅館古滝屋の里見喜生若旦那の案内の下、津波の被災から立ち上がろうとしている道の駅四倉港や中央台ニュータウンに集中して建設されている仮設住宅などを見て回って来ました。中央台ニュータウンという新興住宅地の空き地には、いわき市・広野町・楢葉町それぞれの被災者向けの仮設住宅がエリアを区切って建設されています。真新しい木の香りのする木造の仮設住宅がある一方グレーのプレハブもあり、商店のあるエリアまでは自動車がなければ移動も難しい状況です。2年の期限付きの提供住宅での生活ではあっても、少しでも快適に過ごせるような工夫が出来ないものかと考えさせられる部分が多々ありました。大和田さんとは、7月15・16日に宮城県亘理町で開催された「結プロジェクト第1回車座in 亘理町」(主催:東北と首都圏女性の交流による・結プロジェクト実行委員会)でお会いしました。首都圏など他地域の方々と繋がることで、今後のいわき再生に向けた力やアイデアを何倍にも増幅できるということを、震災後の体験の中で私自身はずっと感じ続けてきました。今回の訪問から次にどんなビジョンが生まれてくるのか、楽しみでなりません。まさに、ピンチをチャンスに!です。いわき観光まちづくりビューローから、東日本大震災により甚大な被害を受けた福島いわきエリアの観光と産業の復興を図るため、いわき観光共同キャンペーン実行委員会とJR東日本水戸支社共催で行われる「来てくんちぇ!いわき・福島 全国キャラバン」の案内がありました。これは8月1日より約1ヵ月間、東日本エリアの主要駅にて開催されるものです。会場では、いわきエリアの観光情報の紹介や名産品等の物産販売、「フラガール」によるフラショーが行われます。■開催場所及び日時8月1日(月)11時~19時上野駅中央改札グランドコンコース8月2日(火)11時~17時東京駅※地下1階動輪の広場8月9日(火)11時~17時盛岡駅2階北側コンコース8月10日(水)11時~19時仙台駅中央口改札前8月18日(木)11時~17時長野駅※中央改札口前8月22日(月)11時~19時大宮駅西口イベント広場8月23日(火)11時~19時高崎駅西口8月29日(月)11時~19時千葉駅東口8月30日(火)11時~19時横浜駅西口8月31日(水)11時~19時水戸駅改札口前ということで、この物産品の一つとして、本会の「がんばっぺいわき」ワッペン付きトートバッグの販売も行っていただけることになりました。品数が少ないので、沢山の品々に紛れてしまうかもしれませんが、お近くで開催の折には覗いてみていただければと思います。吉田恵美子特定非営利活動法人 ザ・ピープル 理事長 —- 8月17日号 the-people 2011/08/17 10:06:00 テレビから流れる京都五山の送り火の映像を、遠く離れたいわきの地からこんなに複雑な思いで見つめる日が来るとは思っていませんでした。 陸前高田より遥かに福島第一原発に近いこのいわきに住んでいる者たちにとって、放射性物質の拡散が我々の想像を超えて進んでいるという事実を再確認すると共に、微量でも検出されれば…という判断に、「仕方ない」とは思いながらも正直なところ幾ばくかの反発を禁じ得ませんでした。 今回の天災ではなく人災の部分が抱える闇の奥深さを垣間見たような気持ちになったのは私一人でしょうか。 8月17日から19日までの3日間、ザ・ピープルではあるイベントを行います。 タイトルは「被災者支援チャリティバザーと『衣』から始まる再生フェア」(共催:いわき市)。 会場は、小名浜さんかく倉庫潮目交流館。 隣接する小名浜美食ホテルと共に、昨年までは夏休みシーズンには小名浜港の観光スポットとして多くの観光客で賑わう場所でした。 どちらの建物も津波により直接的に大きな被害を受け、今年は全く営業できない状態になってしまいました。 そして、5月頃には殆ど毎日のように小名浜地区災害ボランティアセンターから数多くのボランティアが出向いて、津波泥に汚された施設の掃除のお手伝いを行ってきました。 そして、津波被災から立ち上がろうと小名浜美食ホテルが「夏だけ限定オープン!」(8月13日~21日・詳細はHPを御覧下さい)を行うのに呼応して、私たちも潮目交流館でイベントを催すことにしたのです。 しかし、小名浜港周辺地域は未だ電気が復旧していない箇所があります。 美食ホテル・潮目交流館前の産業道路も信号が停止しており、建物自体にも電気はきていません。イベント開催中は、発電機や投光機、トイレ用の懐中電灯などを用意し、不都合が生じない程度に明るさを保ちますが、基本は自然採光のみです。...

震災通信2011年7月

7月8日号 the-people 2011/07/08 11:22:00 「熱中症対策を万全に!」…これが、小名浜地区災害ボランティアセンターで毎朝行われるスタッフミーティングでの最重要ポイントになってきました。万が一のアスベストや放射能汚染対策のために、地域の側溝での土砂除きなどの作業にあたってくださるボランティアの皆さんにはゴーグル・防塵マスク・長袖・長ズボン・長靴・軍手プラスゴム手袋の着用をお願いしています。 黙って立っていても汗が噴き出してくるような暑さの中、実際にこれらを着用して作業を行ってみると、大変な重労働であることが分かります。 それを承知で、被災地のためにとおいでくださるボランティアの皆さんにはどんなに感謝してもし足りません。 そして、そのボランティアの皆さんが熱中症を起こさぬよう備えを怠らないようにしなければと、センターのスタッフ一同気を引き締めている毎日です。 被災された方たちを取り囲む状況は、「緊急」から「生活」へと大きく変わってきました。 いわき市民で避難所におられる方たちは残りほんのわずかになりました。 それぞれが仮設住宅・県営の雇用促進住宅をはじめとする借上げ住宅・民間のアパート等へと移り、各々の生活を始めておられます。 原発事故のため双葉郡の他市町村からいわきに移り住んだ方たちも、二次避難所のホテルや旅館からある特定エリアの仮設住宅に集団でその居を移し、ミニ●●町を形成しようとしています。 そういえば、近所のスーパーマーケットで目にする顔ぶれも以前とは大分違うような気がします。 道行く車の台数も増えたようで、思わぬところで渋滞が発生し遅刻するということが起きています。 気付かぬ間に隣人として生活を始められた方々を、私たちはどのように同じコミュニティの中に招き入れたらいいのでしょうか? ある雇用促進住宅では、これまでの住民と新たに住民となられた方々の間で駐車スペースを巡って小さないざこざが発生し、その対応策として災害救援ボランティアセンターの見守り隊が双方の住民が交流できるようなサロン(週1回)を集会所において開設したという事例も起きています。 それぞれのコミュニティにそうしたトラブルの芽が潜んでおり、そうした工夫が求められています。 小名浜地区災害ボランティアセンターとしても、今後取り組んでいくべき課題は正にそこへと移行しつつあるのです。 先日、いわき市内で活動するNPO法人をつなぐネットワーク組織で話し合いが持たれ、ザ・ピープルもその一員として参加しました。 震災後のそれぞれの活動報告が主なテーマでしたが、仮設住宅が集中して建設されているいわき市中央台飯野地区内に施設を有する障がい者福祉関連の法人からある提案がありました。 施設で使わずにいる土地の一部に、仮設のパオなどを設け仮設住宅入居者の交流拠点として活用。更にこのネットワークに参加する各NPO法人の協力を得て、それぞれの特色を生かした被災者支援活動の実施拠点としても活かしていきたいというものでした。 所属するNPO法人は40ほど。 子育て支援・環境教育・災害救援・街づくり・ファイナンシャルプランナー・障がい者福祉・高齢者福祉・循環型社会形成等などその専門分野は幅広く、相互の連携が活かされれば、被災者支援の幅をグッと広げることができそうです。 そして、中央台飯野地区での活動が上手く運べば、小名浜地区へも水平展開していけるのではないかと夢が膨らみます。 ただ、一方では被災者支援と称して仮設住宅や雇用促進住宅をバラバラに訪問する様々なグループの存在が新たな問題を生んでいます。...

震災通信2011年6月

—- 6月4日号 the-people 2011/06/05 16:46:00 今日のいわきは夏を思わせる陽気でした。 そんな中、128名のボランティアメンバーがいわき市小名浜地区災害ボランティアセンターに来て汗を流してくれました。 いわき市小名浜地区災害ボランティアセンターで行われている作業には、大きく分けて二種類の作業があります。 一つは津波や地震による直接的な被害を受けた地域において、ガレキの撤去や側溝の泥除きなど現地のニーズにあわせて作業を行うもの。 そしてもう一つは、被災された方々のリクエストに応えて救援物資を揃えたり、ガレキ撤去の際に出てきた写真などの被災物を洗浄し持ち主に返して差し上げる為の準備を行ったりすること。 センターを訪れる多くのボランティアのイメージする作業は前者の力仕事ですが、後者の細やかな作業も決して少なくはありません。 センターで倉庫代わりに使用している二階建ての一軒家には、各地から送られた救援物資が所狭しと並べられています。 その品目は様々で、食器や鍋などの台所用品から下着やTシャツなど衣料品や細々とした生活雑貨まで。一部には僅かですが家電製品も含まれています。 センター開設当初には届けられたダンボールがそのまま山積みにされていましたが、今では品目別に集められてコーナー掲示も下げられ、ちょっとした店舗のような雰囲気です。 一角には、被災された方から集められたリクエストにあわせてボランティアメンバーの手で集められた品々が、救援物資として提供された真新しいダンボール箱に丁寧に詰められ、リクエストされた方が受け取りに来られる日を待っています。 そして、被災された方からのリクエストは季節や状況に応じて変化してきています。 急場をしのぐものから日常の生活の為のものへ。毛布からタオルケットへ。防寒着から春夏用の衣料品へ。 これまでこの通信を通じてお願いしてきた品とは違ったリクエストも現れてきています。 特に、夏に向けてタオルケットを望む声や新しい生活を始めるにあたってテーブルなどを求める声が数多く届いています。 こうしたリクエストに応える為に、様々なルートを通してのお力添えをお願いできればと思っています。 義捐金などの配布が始まったことで、被災された方々に対する救援物資の無償提供は終了すべきとの声を耳にすることもあります。 確かに、私自身震災後行われた救援物資の一般市民向け無料配布(被災者向けとは言いつつ、何の規制もなく配られていたのが実情です)には疑問を抱いてきました。「もらい癖をつけてしまっていいのか…」という疑念が頭を離れませんでした。 しかし、センターを訪れる被災者の方々から話を伺っていると、同じように被災しながら市からの提供住宅に入居せずに民間のアパートなどを自力で見つけたために公の救援物資の提供を受けられなくなってしまったり、原発問題で避難して仕事の当てもないまま何時戻れるとの目処もないままに日々を過ごしていたりと、「受け取ったお金をできるだけ使いたくない…」という追い詰められた気持ちを抱かざるを得ない状況がひしひしと伝わってきます。 私たちのセンターでの物資提供をもう暫く継続していくことで、被災された方々の気持ちを少しでも楽にして差し上げたいと思わずにはいられません。 6月3日から、小名浜地区にある小さなショッピングモール「タウンモールリスポ」において、「津波被災の思い出の品の展示と引渡しの会」が私たちのセンター主催で催されています。...

震災通信2011年5月

—- 5月4日号 the-people 2011/05/04 10:56:00 ゴールデンウイークも半ばを過ぎました。 「いわき市小名浜地区災害ボランティアセンター」として迎えた最大の山場を、何とか無事に乗り切ろうとしています。 様々なメディアでも取り上げられているように、震災の被災地には今全国からボランティアの方々がやってきてくださっています。 その方たちが抱いてくださっている熱い思いを損なうことなく、効果的に活動できるように現場のニーズを捉えコーディネートする役割を担っているのが、この時期の災害ボランティアセンターということになります。 昨日、本センターを目指して大阪、広島、岐阜、東京…と各地から駆けつけてくださったボランティアの総数は132名。9:30からの受付開始の時点で、既に長い行列ができていました。殆どの方が、津波ゴミの片付けや側溝の泥上げ作業にあたることを想定して、長靴やマスクなど身支度を整えた状態で並んでいます。 迎えるセンタースタッフは、ザ・ピープル、MUSUBU、UGMというセンターの立ち上げ団体のメンバーに加え、いわき市社会福祉協議会内のいわき市災害救援ボランティアセンターに応援で入っている九州ブロックの社会福祉協議会スタッフ、都内のNGO「シャプラニール」からの応援スタッフといった混成チームです。勿論、そこにもランティアメンバーが加わっています。 ゴールデンウイークスタート当初は、受付・オリエンテーション・マッチング・資機材引渡しといった一連の動きを効率よくするためにどう配置したらいいのか、手探りの状態で毎日のようにその場所を変えていましたが、漸くスムーズな流れが出来てきました。 10:00を過ぎると、10名程度のグループに分かれたボランティアの方たちは乗り合いの車で現場に出て行ってしまい、センターはほっと一息つきます。 そして、その後にセンターにやって来られるのは被災された方たちです。 「県の雇用促進住宅に入居が決まったのですが、台所用品が全く無いのでいただけませんか?」「津波で避難しているのですが、下着の着替えをいただけませんか?」「こどものおもちゃを津波でなくしてしまったので、いただけませんか?」…クチコミでセンターでの物資提供を聞いて足を運んで来られる方々です。 まな板・庖丁・鍋・洗いカゴ・紙おむつ・調味料・タオル・爪切り・衣類…。払出し簿に記入して、持ち帰られる品は様々です。 これらの品はこれまで全国各地から送っていただいた救援物資が殆どです。中には、この情報発信がきっかけになり、ゴールデンウイーク中にわざわざセンターまでボランティアにおいでくださったKさんが、「何か必要なものがあれば…」と持参してくださった台所用品も含まれています。 夕方センターに戻って来られるボランティアの方たちには笑顔があります。 仕事を共に成し終えた連帯感でしょうか。別れ難そうにセンターを後にして行かれます。 沢山の善意の結節点がこの小さなセンターであることを、実感する日々です。 今日も五月晴れ。忙しい1日になりそうです。 吉田恵美子 特定非営利活動法人 ザ・ピープル 理事長 —- 5月11日号...

震災通信2011年4月

—- 4月4日号 the-people 2011/04/04 11:47:00 先日、冷凍庫が津波の被害を受けた水産加工会社の冷凍魚が溶けて廃棄処分する前に…と市内の福祉施設に配ってまわった先の一つの施設から、集配がやっと始まった郵便で便りが届きました。 「…(前略) さて、このたびはいち早くご支援物資をお届け下さり誠にありがとうございました。震災後は水道が止まっていましたが当施設の地区は予定より若干早く昨日復旧し施設内は歓喜につつまれました。ご入居者様の被害はありませんでしたが、津波の被害で家族や実家を失った職員がおります。自宅が半壊した職員もおります。ご入居者様の生活は殆ど元通りにもどりつつありますが、職員のケアについては時間がかかると思います。しかしながら、前を向いて一歩ずつ進んでおります。(後略)」 マイクロバスで走り回った日に、それぞれの施設の玄関で出迎えてくれた職員の方たちの笑顔が思い出されます。水道の止まった施設で介護を続けることの大変さは、高齢の義父と共に3週間断水状態の自宅で生活していた自分としても察するに余りあります。その上、家族に被害を受けながらどのような思いで介護の仕事を続けておられたのでしょう。別の福祉施設からも、「職員が津波の被害にあったので、家族7人分(80歳代女性・50歳代男女・20歳男性・男子高校生・男子中学生・女子小学生)の衣類を提供してもらえないだろうか…」との問い合わせがあり、対応させていただくことがありました。皆懸命に与えられた境遇の中で生きてきたのだと、感慨深いものがあります。 YOUTUBEに、いわき市の救援物資受け入れ倉庫の山積みの物資のもようが掲載され、いわき市内ではちょっとした話題になっています。ネット上では行政の対応を批判するコメントが寄せられているようです。確かに、以前書かせていただいたように、震災後の救援物資配布に関し機能的に動けていなかった部分があるのは確かです。しかし、この動画が撮影された3月30日時点では、本会はボランタリーな形で競輪場から何度も小名浜地区の避難所に要望のあった救援物資を運んでおりましたし、他にもJCや若者たちのボランティアグループなどもあり、何も動いていない状況では決してありませんでした。逆に、こうした映像によって、これまでいわきに対して声援を寄せてくださっていた方々の気持ちが離れていってしまうことが心配でなりません。 実際に競輪場に何度も足を踏み入れた人間としては、救援物資としてお寄せいただく品と被災民のニーズがマッチできていないことが最大の問題だと思います。現時点でのいわき市内の状況は震災直後とは異なってきています。乾パンやアルファ米(お湯だけでご飯になる非常食のドライご飯)、ペトボトル水が大量に必要とされていた時期はとうに過ぎています。競輪場の救援物資の在庫のうちのある部分は、いわき市内の避難所におられる方たちにとって、もう既に不要な品になりつつあるのは間違いないと思います。まだ必要性の高い地域があるなら、そこに送ることが出来ないものか…考えてしまいます。 防寒着も漸く春めいてきた気候の中では次第に不要になりつつあります。逆に、避難所では洗濯が思うようでないことから下着は喜ばれますが、様々なサイズの下着はなかなかありません。ましてや女性用の下着の中にブラジャーは殆ど見当たりません。避難所には高齢者が多いものの、若い女性たちもいますが、彼女たちのニーズは無視されています。 当たり前の食事のための食材も不足しています。私たちが日常の食卓で目にするソース、マヨネーズ、ケチャップ、酢などの調味料は救援物資の中には入ってきません。自炊炊き出しを始めた避難所のお母さんたちが料理に腕を振るうための食材も決して豊富とはいえません。避難所が日常生活の場になった今、本当に必要な物資を必要な量だけ届けてあげたいと思わずにはいられません。 避難所になっている中学校の校長先生と、避難所に「避難所母さんたちの元気プロジェクト」のための食材を届けてくれている産直市場の方から、時を同じくして同じ物が欲しいと要望がありました。それは放射線測定器。中学校では保護者からの安全性に対する不安の声に応えるために。そして、産直市場では出来るだけ安全ないわき産の食材を提供するために。今日も報道ではいわき産の露地物しいたけから基準値を越える放射性物質が検出されたとのニュースが流れています。いわきの問題は物量だけでは解決できない部分に入り込みつつあるのです。 皆様からお寄せ頂いたご支援に、心からの感謝を申し上げます。 NPO法人 ザ・ピープル 理事長 吉田恵美子 —- 4月9日号 the-people 2011/04/09 11:48:00 一昨夜のマグニチュード7.1という余震には驚かされました。 いわきは震度4とのことでしたが、3月11日を思い出させる長い、長い揺れでした。 震災から1ヶ月の今になって、振り出しに戻るようなこの揺れには、何ともいえぬ不気味さを感じずにはいられませんでした。 宮城・岩手では多くの地域で停電が続いています。被災された方たちの気持ちが挫けてしまわぬよう祈るばかりです。昨日はいわき市内の農業生産者を訪ねてきました。先日、地域で木酢液を製造販売し地域の農業生産者と連携しておられる事業所の方から「丹精込めて野菜を生産しても、風評被害などのためなかなか売れなくて農家の方たちが困っている」と話を伺い、避難所では食材として野菜が入手できないと困っているところが少なくないのだから、この間を繋いだらいわきの野菜を避難所で食べてもらえるのでは…と考えたからです。風評被害がどれほどの実害を及ぼしているのかこの目で確かめてみたいという思いもありました。 訪ねたのは、下小川地区でほうれん草や蕪、スナップエンドウなどをハウス栽培しているSさんと、好間地区でアスパラガスをハウス栽培しているAさん。どちらも木酢液を使用しながら、丁寧に生産しておられる方たちということで、本当ならばスーパーや産直市場で引っ張りだこの美味しい野菜を出荷できる方だといいます。...

震災通信2011年3月

3月21日号 the-people 2011/03/21 17:56:00 この度の震災では色々ご心配頂き、ありがとうございます。また、被災された皆様、心よりお見舞い申し上げます。どうか体調を崩されませんように。 今、原発事故の関連で、いわき市内では屋内退避の勧告を受けております。また、40歳以下の安定ヨウ素剤の配布も始まっております。昨日は基準値を超える放射線量が川俣町の牛乳と茨城のほうれん草から検出されたとの報道がありました。健康被害があるほどではないというものの、地域の農産物の今後が危ぶまれます。 市内から安全な市外、県外へと避難しようとする人の流れが止まりません。このままいくと「いわき」というコミュニティが崩壊してしまうのではないかと思うほどです。本会でも何名かのメンバーが県外へ避難していきました。家族が透析の治療が必要であるにも関わらず、市内で透析治療を施す病院がなくなってしまったため、埼玉県に移っていった者もおります。小さな孫の将来を案じて避難を決意した者もおります。 関西から反原発の市民団体が「赤ちゃん引越しプロジェクト」という名前で支援品を積んだ車をこちらに向けて走らせ、帰り便に市外に避難を希望する小さなお子さんを抱えたお母さんたちを含むご家族を乗せてあげようとしています。政治的活動に組するつもりはありませんが、もしこうした手段を欲する人がいれば…と思い、市内のコミュニティ放送に情報提供するなどお手伝いをしております。 今、本会に出来ることは回収した古着の中から、要望のあった防寒着・子供服・毛布・クツ(津波の被害に逢われた方の中には裸足の方もおられました)・介護用紙おむつなどをいわき市総合保健福祉センターや小名浜地区センターに乗用車(ガソリンの関係で)で何度か運ぶことくらいです。 地震直後に避難所用のカーペットのご提供を申し出てくださった企業の方がおられて、いわき市災害対策本部に連絡し運び込んで頂きましたが、その後どのように活用されたのか自分自身では確認できずにいるのが現状です。なかなか身動きできない状況が歯痒くてなりません。 水道の復旧が市内の所々で始まっています。入手困難だったガソリンが、漸く市内の幾つかのガソリンスタンドで買えるようになるとの市長メッセージが市のHPに掲載されました。ここ何日もガソリンスタンド周辺に車を停めてこのときを待っていた人たちが給油して動き出せるようになることでしょう。市内のスーパーも時間制限はあるものの昨日辺りから少しずつ店を開け始めました。 こうして徐々に日常の生活に戻っていくとき、一番怖いのはいわきに対する風評被害だと思います。ネット上ではいわきに対する誤った情報が飛び交っています。放射能汚染が原因でこどもや老人が死んでいくような状況は決してありません。心に一抹の不安を抱いていることは否定できませんが、それでもいわきのためにと懸命に働いている多くの仲間がいることを是非皆様に知っていただき、誤解を解くお手伝いをお願いできればと思います。NPO法人 ザ・ピープル 吉田恵美子 —- 3月24日号 the-people 2011/03/24 18:08:00 色々とご心配頂き、ありがとうございます。被災地の状況は日々変わっていくことを実感する毎日です。昨日はいわき市東京事務所早川さんから、港区様のご協力による支援物資受け入れのお話が皆様の下に届いているかと思います。ご協力賜れば幸甚です。 本会では、ここ数日は各地の支援団体から送られた支援物資倉庫から避難所や地区センターへ要望のあった支援品を運ぶ作業を手伝っております。避難所からのニーズは様々です。震災直後は津波の被害を受けられた方々が防寒具やクツなどを希望しておられましたが、避難所生活が長期化していくにつれて着替え用の下着や衛生用品、高齢者用の紙おむつ、消毒用アルコール、マスクなどが望まれています。今後は、日常の何気ない生活を続けるための身近な生活雑貨の要望も出てくるのではないかと考えています。例えば、老眼鏡や爪切といった要望も耳にしました。 一昨日は、津波の被害のあった地区の水産加工会社から「壊れた冷凍庫の中の冷凍魚が解凍してしまって廃棄処分になる前に、何とか食材として活用できないか」とご相談を頂き、マイクロバスで市内19箇所の入所型老人介護施設・障害者施設にニーズを尋ねながら配ってまわるという作業を行いました。日本有数の広域市であるいわき市のこと、走行距離は200キロ、12時間の作業になりました。途中海岸沿いの地域では津波後の惨状に目を覆うばかりでした。 水道が止まっている、調理師が不在になっている、なま物は安全上の不安がある(この点については本会でも気にはなりましたが食料不足という現状では致し方ないと判断しました)…といった理由で「要りません」というお返事を頂いた施設もありましたが、少しでも解凍時間を遅らせたいと暖房を切ったマイクロバスで届けた箱詰めのサーモン・さんま・かまぼこなどに声を上げて喜んでくださった施設の方々もおられました。現在、商店が殆ど開いていないいわきの町の中、支援品が思うように届かない施設では、たんぱく質を十分に摂取できるような食事を準備するのが難しい現状にあるのです。 この輸送用に使ったマイクロバスは、実は先日のメールでご紹介した「赤ちゃん引越しプロジェクト」で使用するつもりで緊急車両の証明を受け、ガソリン満タンにしてスタンバイしておいたものでした。原発事故の緊迫した局面の中で、放射能被害を避けるため乳幼児をいわき市外へ…という企画に応じて2家族が無事大阪に移動して行かれましたが、結局このマイクロバスは使いませんでした。そこで、市内には珍しくガソリン満タンで残っていたこの車が冷凍魚を乗せて大活躍してくれたのです。ドライバーはご自身の実家が原発の20キロ圏内にあり、この震災で身内に2人の犠牲者を出された方です。でも、「こんな状態では葬式も出来ないから…」とボランティアをかって出てくれています。大阪に住むその方のお嬢さんがマイクロバスのレンタル料を捻出しようと募金箱を町のあちこちに置いて呼び掛けてくれています。 最近いわきの名がニュース上を賑わしてはいますが、多くの仲間に支えられていわきはまだまだ元気です。でも、この元気を持ち続けるためには皆様の応援が必要です。放射能に対する過剰反応をストップしてくださるよう、皆様からお近くの方々に声を掛けてくださいますよう心からお願い申し上げます。 また、このマイクロバスを活用して本会では避難所の皆さんのお買い物のお手伝いや支援品の仕分けボランティアの送迎を出来ないかと考えています。ガソリン不足で気持ちがあっても動けない人が多いのです。もし、マイクロバスのレンタルが継続できるようご支援を賜ることが出来れば幸いです。 NPO法人 ザ・ピープル 吉田恵美子...