【2017年11月26日号】いわき震災通信vol.99

【2017年11月26日号】いわき震災通信vol.99

皆様、 いかがお過ごしでしょうか? 今年は、夏も秋も雨に降られることの多い日々でした。 例年は、コットン畑にお出で頂く皆さんをお迎えするにあたって、雨天時の対策に頭を悩ますことはさほどなかったのですが、今年に関しては常に雨に降られた時の対応を考えておかなければなりませんでした。 そんな気象状況は国内のどのコットン栽培地でも同じだったようで、先日兵庫県加古川市で開催された「全国コットンサミットin加古川」の会場でお会いした全国各地の栽培地の方々も、口を揃えてそう言っておられました。 そんな日々が続いた中、昨日は「みんなの畑」収穫祭が、ありがたいことにこの上なくいい天気の中開催できました。 晴れ渡った青空の下、いわき市小名浜上神白のコットン畑にお集まりくださったのは、いつも「みんな の畑」の手入れを行ってくださる主に富岡町からの避難者の方々、地域のボランティアの方々、東京や神奈川から駆けつけてくれた大学生の皆さんなど60名を超えました。 原発事故前は水田だったコットン畑は、2日ほど前に降った雨のため畝間のあちこちに水たまりができていて、用意した長靴に履き替えて入ってもドロドロのぬかるみに足を取られはしないかと気にしながらの作業になりました。 それでも、60名の力の結集は大きく、午前中のうちに4反のほとんどのコットン収穫を済ませ、コットンベイブを作る時の材料となるコットンボールの殻の収穫も行うことができました。 お昼時からは会場を永崎団地集会所に移し、地元の婦人会のメンバーが作って下さった焼きそばの昼食と地元ミュージシャン「ミワム~ラ」のミニコンサートなどを楽しみました。 このコンサートの電源は、太陽光で供給したものでした。 そして最後は、下神白団地集会所でのコットンランプシェードづくりのワークショップ。 来年の311に、久之浜で太陽光の明かりを皆で灯すランプの準備を進めました。   「みんなの畑」の活動は3年目になります。 スタートは「いわきに避難してきたけれど、いわきの人と仲良くなれる機会がないと相談を持ちかけられるのですが、何か一緒にできることはないでしょうか?」と、避難元の富岡町社会福祉協議会の方からご相談を頂いたことがきっかけでした。 今回の収穫祭の中で、「みんなの畑」の活動に参加してくださっているメンバーの皆勤賞の表彰がありました。 受賞者は3名。 いずれもが高齢の男性メンバーでした。 名前を読み上げられると、周囲の席に座った人たちから大きな拍手が湧き上がりました。 受賞時の割れんばかりの笑顔を見ていて、副賞に羊羹ではなくお酒を付けたほうが良かったかもしれな いと、内心ちょっぴり後悔していました。   「全国コットンサミットin加古川」は、11月18日に兵庫県加古川市民会館で開催されました。...

【2017年9月30日号】 いわき震災通信vol.98

【2017年9月30日号】 いわき震災通信vol.98

皆様、 今日は近所の保育園の運動会があり、子供たちの歓声が秋風に乗って我が家まで流れてきました。 コットン畑ではコットンボールが次々と弾け出し、すっかり秋の装いです。 皆様には、如何お過ごしでしょうか?   明日10月1日、ザ・ピープルには大きな二つのイベントが待ち受けています。 一つは、2001年の世界同時多発テロの起きたその年から継続開催してきた「いわき地球市民フェスティバル」の第16回目が開催されるのです。 地域の国際化を進めるために…という目標を掲げてスタートした、このフェスティバル。 当時は全く横の連携がなかった市内で活動する国際交流・協力関係団体の連携促進も目指し、それぞれの団体の活動紹介ブースを中心として開催してきました。 しかし、会を重ねる中で、参加団体の数は減り、ほかのイベントにコバンザメのようにくっついて開催するという形がここ数年続いていました。 そうした形での継続に疑問を抱く出展団体の中から、「このまま継続しても意味がないのでは?」という声さえ上がるようになりました。 そうした声を受けて、今年度の実施に向けては、基本に立ち返って協議しようということになりました。 今年のフェスティバル第1回目の実行委員会の席に、名古屋市で多文化共生の社会づくりの旗振り役である「多文化共生リソースセンター」の土井佳彦理事長においでいただき、アドバイスを求め、協議に加わって頂きました。 その協議の結果として生まれた企画が、「外国にルーツを持つ市民による日本語でのショートスピーチコンテスト」でした。 日本滞在年数が3年以上と未満の方に部門を分けて、「いわきの好きなところ、嫌いなところ」というテーマで3分程度のスピーチを行って頂くのです。 小学5年生から30代まで。留学生、技能実習生、結婚を機に来日した方やその子供たち…。 立場も年齢も異なる方たち19名が応募してくださいました。 国籍も、ミャンマー、ベトナム、アメリカ、フィリピン、ウクライナ、インドネシア、ネパールと様々です。 事前に発表骨子を提出して頂きましたが、それぞれの視点での指摘には、「なるほど」と唸らされるものがありました。 先日、事前告知をお願いしようと市内の旅館で働く中国出身の員さんと地方紙の新聞社へと出向きました。 大学時代をいわき市内の大学で留学生として過ごした員さん。 今回のフェスティバルの実行委員として、力を尽くしてくれたのです。 彼女が新聞記者の質問に答えました。 「外国人だから気づくこと、外国人じゃなければ気づけないことが沢山あると思います。ぜひ、皆さんに来て頂きたいです。」 多文化共生の一歩が踏み出せる日になりそうです。...

【2017年7月28日号】いわき震災通信vol.97

【2017年7月28日号】いわき震災通信vol.97

皆様、 ご無沙汰しているうちに、早くも夏本番。 東日本大震災以降遊泳できずにいた、いわき市薄磯海岸でも、この夏漸く海開きが行われました。 海水浴客を迎えようと、僅か1軒にはなってしまいましたが海の家も建ちました。 そして、塩屋崎灯台を望む砂浜に、夏休みの到来を待ち望んでいた子供たちの姿が戻ってきました。 これで再開した市内の海水浴場は3箇所になりました。 震災以前のいわきの夏に着実に近づいています。   「ふくしまオーガニックコットンプロジェクト」では、震災後の福島県の農業と人の繋がりの再生を目指してその取り組みを進めて来ました。 そして、栽培6年目となる今年からは、帰還が始まった双葉郡富岡町や福島第一原発の北側に位置する南相馬市小高区と原町区でも、小規模ながらコットン栽培がスタートしています。 南相馬市で栽培を手がけてくださった方は、農家民宿を営んでおられる方やこれから始めようと計画しておられる方々です。 これから南相馬に足を運んで、農家の暮らし体験を楽しもうとしてくださる方々にとって、コットン栽培での農作業が魅力の一つに加わってくれたら嬉しい限りです。 そして、富岡町ではいち早く帰還を決められた方が、町の皆さんが帰ってきた時にコットンと共に「お帰り!」と言って迎え入れてあげたいと、栽培を開始してくださいました。 コットン畑での農作業が、帰還してこられる方々にとっての交流の場づくりに役立ってくれることを期待しての栽培です。 この富岡町でのコットン苗定植の日、庭の一角に設けられたコットン畑から10mほどの場所では、避難生活の間に伸び放題になってしまった竹藪の除染作業が行われていました。 全ての問題が解決しての帰還とは言い難い部分があることを感じずにはいられませんでした。 しかし、厳しい現実と隣り合わせではありますが、その中でも希望を見出そうとする…そうした取り組みのシンボルの一つに、このコットン栽培がなれたらと心から思います。   7月23日、このコットン畑での交流の場づくりとして「みんなの畑 夏祭り」が催されました。 以前もご紹介させていただきましたが、「みんなの畑」は原発避難者の方々がいわき市小名浜上神白のコットン畑の一角でコットンを栽培している取り組みです。 毎月1回の作業日には、公営住宅、みなし仮設、再建された住宅、仮設住宅と、様々な暮らし方をしておられる方が集い、共に農作業に汗を流しています。 昨年からは、「みんなの畑菜園」もスタート。野菜の栽培も手がけています。 その「みんなの畑」での農作業を一般の皆さんにも体験いただき、加えて地震・津波被災者の暮らす市営住宅と原発避難者が暮らす県営住宅が隣接する地区において、双方の集会所を会場とする食事会や縁日、ワークショップなどを通して、交流を楽しんでもらおうというのが「夏祭り」開催の趣旨でした。 農作業開始時間に畑に姿を見せたのは、いつものメンバーや近所の子供たち。そして、たまたまこの日援農バスツアーでいわきにおいでになっていた立正佼成会の皆さんなど、総勢100名近くになりました。 朝のうち雨がパラつき心配しましたが、農作業の間は時折小雨がある程度で、何とか無事に畝間の草刈りを終え、皆で集合写真を撮ることができました。...

【2017年4月12日号】 いわき震災通信vol.96

【2017年4月12日号】 いわき震災通信vol.96

皆様、 新年度が始まり、今いわきは桜の見頃です。 一昨日、4月1日に帰還が始まった富岡町の夜の森地区にある桜のトンネルを走ってきました。 彼の地でも桜がほころび、灰色のアスファルト道路と青い空の間にピンクの雲をたなびかせていました。 ただ、帰還がなったとは言え、帰還困難区域とを隔てるバリケードは以前と同じく存在し、そのバリケード越しに続く桜並木の先には近寄ることができません。 7年前まで桜まつりの会場であった夜の森公園もバリケードの中。 8日に催された7年ぶりの桜まつりは、学校の敷地を利用して会場としていたのでした。 それでも、桜を眺める人の姿に、日常へ帰ろうとする町民の気持ちを垣間見るような思いがしました。   震災から丸6年が経過。福島の農業再生を目指し震災の翌年からスタートした「ふくしまオーガニックコットンプロジェクト」は、首都圏をはじめ地域外からおいで下さるたくさんの方々の手助けを頂き、ようやく丸5年という節目を超えて歩みを進めることができました。同じ土地で栽培を継続することでその土地の固定種と呼ばれることになるという、10年の栽培のちょうど折り返し地点まで歩んできたということになります。「いわき茶綿」と呼んでいただけるようになる日まで、たくさんの方々とご一緒にここからも進んでいきたいと思っています。 そんな思いを皆様と共有させて頂く機会を…と、昨年から都内でプロジェクトの報告会を開催させて頂くことにしました。昨年の報告会に足を運んでくださった企業の関係者の方が、秋から実際にプロジェクト応援のためのボラバスを企画してくださったということもあったので、今回もそうした広がりを持てればと思っての企画でもあります。 福島からは、私とともに、NPO法人広野わいわいプロジェクト理事長の根本賢仁さんと、いわきおてんとSUN企業組合コットン事業部長の酒井悠太、栽培農家の福島裕さんなどが同行くださることになっています。 また、夕方からは皆様とコットンプロジェクトの明日を語り合う交流会を、別会場にて催させていただきます。 コットン畑で陽の光の下でお会いすることばかりの皆さんと、お酒を酌み交わしながら本音のお話ができたら…と、こちらも楽しみにしております。 日程・会場は、下記の通りです。是非、ご参加をご検討ください。 160-0022 東京都新宿区新宿2-2-1ーシテ なお、会場の都合上、ご出席頂ける場合には事前に「報告会」「交流会」の別を明記の上、このメールへの返信の形でご連絡を頂戴できれば幸甚です。   ふくしまオーガニックコットンプロジェクト報告会 2017 1.と き 2017年5月9日(火)14:00-16:00 2.ところ 環境パートナーシッププラザ (GEOC)セミナースペース 〒150-0001 東京都渋谷区神宮前5-53-70 国連大学ビル1F TEL:03-3407-8107/FAX:03-3407-8164 3.実施概要 ①いわきを中心とした地域の現状とコットン栽培の進捗状況報告...

【2017年3月12日号】いわき震災通信vol.95

【2017年3月12日号】いわき震災通信vol.95

皆様、 6年目の311を、皆様はどのようにお過ごしでしたでしょうか? 震災で命を亡くされた方々にとっては七回忌ということで、各地で様々な慰霊の集いが催されていました。 いわき市内だけでも、勿来、薄磯、四倉、久之浜…それぞれ津波被災の大きかった浜での慰霊の式典が催され、花を手向ける人々の姿がありました。   そんな中、私にとってこの日は、ひと味違ったものとなりました。 郡山駅ビルの中で、2時46分その時を迎え、一人心の中で手を合わせていました。 そこは、英国に本社がある化粧品メーカーLUSHの郡山店。 ホワイトデーのプレゼント用に石鹸などを買い求めるため店を訪れる人々の合間を縫うようにして、地元TV局の取材を受けていたのでした。 その場所が取材会場になったのには理由があります。 昨日、LUSHが「ふくしまオーガニックコットンプロジェクト」の布にオリジナルのデザインを施した風呂敷「Knot Wrap(ノットラップ)」を、日本をはじめとする世界49ヶ国930店舗で発売開始したのです。 元々LUSHは、動物実験に反対し、天然素材にこだわるなど環境に敏感な企業として知られています。 そのLUSHが日本古来の風呂敷にインスパイアされて販売しているのが、Knot Wrapです。 ペットボトルリサイクル製品、古い着物リメイク製品のKnot Wrapなどチャレンジを重ねていますが、昨年2月には福島産のオーガニックコットン製のものが作られ、国内で販売されました。 その発売記者会見の席上、今後に向けたコメントを求められて、私が冗談めかしてお話したのが「グローバル企業であるLUSHさんだからこそ、世界に向けて展開し、福島の想いを届けてください」との希望でした。 あれから1年。 何と、それが現実のものとして昨日から拡がり始めたのです。 福島の想いを込めた風呂敷が、世界中に羽ばたき始めました。 ノットラップを世界各地で使っている人たちの写真がアップされるデジタルコンテンツも用意されています。 「無限の旅をはじめよう Knot Wrapと一緒に」 https://www.lush.com/KnotWrapMap/...

【2017年1月4日号】 いわき震災通信vol.94

【2017年1月4日号】 いわき震災通信vol.94

皆様、 穏やかな年明けを迎えた新年も4日目。 明けましておめでとうございます。 旧年中は大変お世話になりました。 本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。 年末から年始にかけて福島の地方紙のみならず全国紙の紙面でも取り上げられていたのは、 双葉郡広野町の高野病院の高野英男院長先生(81歳)が亡くなられたとの報でした。 年末、ご自宅の火災で発見されたご遺体が、ご本人のものだと確認されたのが昨日のこと。 原発事故の影響で町民のほとんどが避難した町に踏みとどまって、地域医療を支え続けてこられたご高齢の高野院長先生のお姿に、勇気をいただいていた町民も多かったと聞いています。 1月21日には、NHKで高野病院の震災後2000日の記録番組が再放送されるそうです。 心からご冥福をお祈りしたいと思います。 そして、常勤医師がいない状態に陥ってしまった高野病院の存続のために、支援を呼びかける声が上がっています。 広野町の遠藤智町長は、昨日、記者会見で全面的なバックアップを明言しておられました。 ボランティア医師の善意に頼るだけではなく、きちんとした維持体制を一日も早く組み上げていただけることを願わずにはいられません。   昨年11月から年末にかけて都内で催された様々な展示会等の機会を通して、首都圏にお住まいの沢山の方々とお会いすることができました。 この通信やフェイスブックでイベント出展を案内させて頂いたところ、何人もの方がわざわざ会場まで足を運んでくださったのです。 コットン畑では何度も顔を合わせながら、普段の生活の中でお会いすると別人のように感じられて なかなか思い出せない方もあり、失礼をしてしまったかもしれません。 震災直後にお世話になりながら、その後連絡が途絶え、気にはなりながらそのままになっていた方に偶然お会いすることもできました。 「ふくしまオーガニックコットンプロジェクト」をずっと気にかけていてくださって、「やっと実際に会えました」と言って喜んでくださる方もおられました。 収穫したコットンを会場までお持ち下さる方もいらっしゃれば、「頑張ったのに育たなかったんです。何が悪かったのでしょう」と報告と相談においで下さる方もおられました。 そして、おいでくださった方々がいつしか互いに福島での思い出話に花を咲かせ、コットンの成長を我がことのように楽しそうに話し合っておられました。 その様子は、まるで同窓会のようでした。 世代も、性別も、住まいも、職業も全く異なる方たちが、福島でのコットン栽培に関わっているという一点で繋がってくださっている同窓会です。...

【2016年11月24日号】いわき震災通信vol.93

【2016年11月24日号】いわき震災通信vol.93

皆様、 一昨日の福島沖での地震と津波の報に、たくさんのお見舞いのメッセージをいただき、ありがとうございました。 3・11を思い出させる大きな揺れに、ドッキリさせられましたが、何とか事なきを得ました。 いわき市内では,新しく建てられた災害公営住宅の壁面や地面にひび割れが生じたり、酒店で瓶が割れたりといった被害もあったようですが、身構えたほど大きなの被害にはならず何よりでした。 それにしても、日本国内どこにいても地震・津波被災から身を守ることを常に心に留めておかねばならない時代に入ったという気がしてなりません。 そして、また今(24日6:23)揺れがきました。 皆様もお気をつけください。   11月8日から13日までの間、ミクロネシアに行って参りました。 観光目的ではありません。 ミクロネシアに「福島からの希望の灯りを届ける」という事業でした。 昨年度の太平洋・島サミットで生まれた島嶼国との関係を一過性のものにしてしまわぬために、民間での動きを生み出そうと企画されたものでした。 いわき地球市民フェスティバルをはじめとするさまざまな機会に、福島の子供たちがセルを1枚1枚ハンダゴテで繋いで作り上げたソーラーパネルを、ミクロネシアのチューク州の高校と2つの離島の小学校兼村の集会所に届けてきたのです。 それぞれの場所で、ソーラー発電で日没のあと数時間明かりが灯ることになります。 特に、非電化地域である離島の人々には、発電機を持てない貧しい人でも電気の明るさを手にできることを、喜んでもらいました。 ただパネルを届けるだけではなく、いわきからソーラー発電に関する専門家が同行し、電気のイロハから日常のメンテナンスに至るまでの技術指導も併せて行いました。 「物資を届けてもらうだけの支援では、使い方を十分に理解せぬまま、すぐに故障させてしまいます。そのあとはゴミになるだけ。そうした支援はこれまでずっと断ってきました。今回は、技術の指導があるということで期待していました。」私たちを迎え入れてくれた高校の理事長の言葉です。 その高校には、チューク州のみならずミクロネシア各地から優秀な生徒が集まって来ており、ミクロネシアの次世代を担う若者16名が、熱心に技術の習得に励んでくれました。 この学校は、日本占領下にあった時代、日本軍の通信施設だった場所でした。 校舎として、今もその当時の建物を使用しています。 朱色に塗られた異様なほど頑丈な鉄扉や、爆撃を受けた天井の傷跡などがそのことを物語っていました。 日頃私たちの生活の中では、遠く彼方に過ぎ去ったものだと思っている第二次世界大戦が、生々しい姿でそこに残っていることに、胸を打たれました。 日本から、福島から、私たちがこの度届けようとしているのは、戦うための技術ではなく、暮らしを守るための技術です。 高校では、技術指導の最後に時間を取って、全校生に向け「福島からのメッセージ」を伝えさせていただきました。 東日本大震災を体験したことで、福島に住む私たちが学んだこと、気づいたことから生まれたメッセージです。...

【2016年10 月21日号】 いわき震災通信vol.92

【2016年10 月21日号】 いわき震災通信vol.92

皆様、 今朝は澄んだ秋空が広がっています。 昨夜からの強い風で、収穫期を迎えたコットンたちが落ちてしまっていないかと若干不安な気持ちになっています。 そのコットン。 今年は、昨年と比較したら1ヶ月は収穫時期が早まっているような気がします。 8月末からチラホラとコットンボールが弾けたとの報告を耳にするようになったのですが、9月半ばを過ぎると一挙に弾け出し、今では11月中に収穫作業が終わってしまうのではないかと心配になるほどの勢いで収穫が進んでいます。 そして、今年の特徴は何といってもコットンの質がこれまでと比べて格段にいいこと。 一つ一つのコットンがフワフワの風合いを持っている、理想的なコットン揃いなのです。 夏の高温がよかった、播種時期を早めたのがよかった、今年から栽培をチームで管理するようになったピープルコットンチームがよく頑張った…。 今年のよかった要因を並べながら、これまでこのプロジェクトにおいでくださったたくさんの方々に、今年のコットン収穫を是非体験していただきたいと思わずにはいられません。 きっと、今年の収穫を生み出してくれているのは、今年のことだけではなくこれまで5年間の積み重ねの成果に違いないと思うからです。 小名浜上神白にあるコットン畑に足を運んでくださった経験のある方は、この通信を受け取ってくださる方の中にも少なくないと思います。 そこは震災前は水田として使用されていた場所で、これまで高畝にして、溝を切って、かなり手を加えながらの栽培を繰り返してきました。 それでも、ほかの圃場と比べると株の育ちはイマイチで、収穫されるコットンも決して褒められる状態ではありませんでした。 その神白の畑で収穫されるコットンも、今年はフワフワです。 「やっとここの土が、自分たちは畑なんだと自覚してくれたんですね」と農家さんと笑いながら話すほど、その収穫は見事なものです。 毎年、私たちのコットン栽培を指導してくださっている新井和夫先生(元農林水産省野菜・茶業試験場盛岡支場庁)が、9月30日に恒例の圃場の巡回指導をしてくださった時にも、「僕はここは無理かなあと内心思っていたんだけれど、素晴らしいよ。揃っているのが立派」と手放しで褒めてくださったほどでした。 5年継続してきたことで、やっと農業としてのコットン栽培のスタートラインに立てたというところなのかもしれません。   9月25日、長野県信州高山村で開催された「2016全国コットンサミットin信州高山」にふくしまオーガニックコットンプロジェクトとして参加してきました。実行委員会会長の近藤健一氏とイッセイミヤケ取締役の皆川魔鬼子氏の講演やパネルディスカッション、高山村の中学生達の取り組み発表などを勉強させていただいたほか、私たちのプロジェクトの紹介ブースも出展させていただきました。 当日は、コットンチームのメンバー4名も参加して、全国各地でコットン栽培に取り組んでおられる方々との情報交換に余念がありませんでした。 コットン栽培は西日本中心で、福島県は辺境の地といったイメージがありますが、歴史的には会津木綿の伝統のある土地。 浜通りでも戦前は自家消費用の布団綿にと、コットン栽培を行っていた農家さんがいた土地です。 今回のサミットにも、喜多方市の「棉の里」、福島市や二本松市の「オーガニックコットン福島」と私たちの3団体が出展させていただき、ふくしまのコットンをPRしました。 このサミットのステージイベント最後は、日本オーガニックコットン協会からのオーガニックコットンアワードの表彰式。...

【2016年9 月5日号】いわき震災通信vol.91

【2016年9 月5日号】いわき震災通信vol.91

皆様、 前号から、随分と間が空きました。 一夏分のご報告はとてもできそうにありませんが、3つの台風が日本列島を次々と襲い、東北の太平洋岸に観測史上初上陸するという状況のなか、「ふくしまオーガニックコットンプロジェクト」の進み具合をご心配くださる方のおられるのではないかと思い、この通信を出させていただくことにしました。 岩手・北海道での台風10号の大きな被害には、本当に心が痛みました。 被害に遭われた方々には、心からお見舞い申し上げます。 いわきを直撃するとの報に心配な夜を何度か過ごしましたが、台風9号による最初の一撃を風に身を任せるように横になりながら凌いだコットンの株たちは、10号の襲来にも何とか持ちこたえてくれました。 生育の早い圃場からは、会津木綿の白綿が初収穫!の報も届いています。 雨の足りない夏の気候にも、他の野菜ほどのダメージを被りはしまなかったようで、ホッと胸をなでおろしています。   9月3日から1泊2日で行われた日本チャリティショップネットワークの研修会が、無事終了しました。 セカンドハンド(香川県)・中部リサイクル運動市民の会(愛知県)・WE21ジャパン(神奈川県)・エコメッセ(東京都)・オックスファムジャパン(東京都)そして、私たちザ・ピープル。 「チャリティーショップ」という活動形態でそれぞれの組織が繋がり、ネットワーク化したのが、今年1月。 そのネットワークとして初めての訪問型の研修先として、私たちの活動現場に20名近くの方においでいただきました。 「市民から不用品を寄付で受付けて販売し、収益を社会的な非営利活動に使う」…これが、「チャリティーショップ」の活動です。 それを、文化にまで高め、多くの人々の生活の中に当たり前のものとして存在できるようにしていきたい…そんな高い理想を掲げてスタートしたネットワークです。 その初めての合同視察研修会の会場として、私たちの活動現場が選んで頂けた背景のひとつには、東日本大震災の被災現場で、「チャリティーショップ」(当時は、まだその名称を使っての活動ではありませんでしたが…)の活動がどんな役割を果たしたのか?どんな課題を抱えたのか?を、皆で共有したいとの思いがありました。 東日本大震災発災直後私たちが行ってきた支援活動の経緯から、最終的にいわき市に残ってしまった救援物資と言う名前の80トンの行き場のない古着の処理に携わった状況などを説明させていただきました。 また、セカンドハンドの新田恭子さんからは、阪神淡路・東日本・熊本と地震災害の度に外部支援活動を行ってこられた中での成果や問題点が語られました。 次の災害に備えるために、このネットワークがどのように機能できるか?…皆で意見を出し合ったこと自体が、次への備えになるものだと強く感じました。 視察としては、私たちの活動現場をご覧いただき、同じような活動を行っているからこその貴重な意見やアドバイスをたくさん頂きました。 また、今のふくしま浜通りの全てをご覧いただくには、あまりに時間が足りませんでしたが、小名浜港の復興の進む姿を見ていただきました。 原発避難者の入居する県営住宅と津波被災したいわき市民が入居する市営住宅が立ち並ぶエリアもご覧頂きました。 地域の課題が凝縮されているエリアだと考えてのことでした。 もちろん、「ふくしまオーガニックコットンプロジェクト」の圃場にも足を運んでいただきました。 今ちょうどコットンの黄色い花が開き、少しずつコットンボールが大きくなろうとしている、青々とした葉を揺らして風の渡る心地よい畑の今を楽しんで頂きました。...

【2016年7月2日号】 いわき震災通信vol.90

【2016年7月2日号】 いわき震災通信vol.90

皆様、 梅雨の合間。 昨日今日で、どうやら軒先の洗濯物がやっと乾きそうです。 この時期、集中豪雨に悩まされる地域があれば、空梅雨の先を案じる地域もある。 自然界の微妙なバランスのうえで暮らしを営んでいることを、私たちは自覚しなければならないのでしょう。   6月30日、双葉郡広野町二ツ沼総合公園の中にあるガラス張りの三角屋根の建物に、11名のメンバーが集まりました。 東京から4人。いわきから3人。そして、残りは広野町内から。 それは、「広野わいわいプロジェクト」のキックオフミーティングのためでした。 双葉郡広野町では、東日本大震災と原発事故のための避難が解除されても、なかなか住民の帰還が進まない状況にあります。 これまでに帰還したのは5000人強の町民の約半数ほど。 今、町には震災前とほぼ同数の人が住んでいますが、その半数は原発事故の収束や除染、復興工事関係で入ってきた作業員の方々です。 町の日常は震災前と随分変わったといいます。 来春には仮設住宅が閉鎖になることから、状況は再度変化するものと見られています。 しかし、その後どうなるのか、まだまだ読みきれてはいません。 こうした状況は、昨年帰還宣言を出した楢葉町など、そのほかの避難町村にとっても注目しているところです。 その広野町に賑わいや交流、新たな手仕事を生み出そうと立ち上がった取り組みが、昨年度始まった「広野わいわいプロジェクト」です。 いわき市内の仮設住宅で催された太陽光パネルの手作り教室や、広野町浅見川沿いの農地で始まったコットン栽培がきっかけとなり、いわきに住む私たちと首都圏からの応援者とが広野町民の方々に手を貸す形で始まった取り組みでした。 昨年度、復興庁「新しい東北先導モデル事業」としての採択を受け、1年間3つの事業を実施してきました。 二ツ沼総合公園での広野パークフェスの開催。 防災緑地へのプレゼントツリーの仕組みを使った植樹と育樹。 オリーブやコットンといった広野の財を生かした女性の手仕事による産品づくり。 それぞれが一定の成果を残しましたが、一番の成果は広野町民主体によるNPO法人「広野わいわいプロジェクト」が設立できたことでした。 広野町の方たちの意見を伺いながら外部からの私たちが事業を組み立てていた形は、広野町民が自主運営する組織の事業を私たちが応援させていただく形へと変わったのです。  ...