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5月4日号
the-people
2011/05/04 10:56:00
ゴールデンウイークも半ばを過ぎました。
「いわき市小名浜地区災害ボランティアセンター」として迎えた最大の山場を、何とか無事に乗り切ろうとしています。
様々なメディアでも取り上げられているように、震災の被災地には今全国からボランティアの方々がやってきてくださっています。
その方たちが抱いてくださっている熱い思いを損なうことなく、効果的に活動できるように現場のニーズを捉えコーディネートする役割を担っているのが、この時期の災害ボランティアセンターということになります。
昨日、本センターを目指して大阪、広島、岐阜、東京…と各地から駆けつけてくださったボランティアの総数は132名。9:30からの受付開始の時点で、既に長い行列ができていました。殆どの方が、津波ゴミの片付けや側溝の泥上げ作業にあたることを想定して、長靴やマスクなど身支度を整えた状態で並んでいます。
迎えるセンタースタッフは、ザ・ピープル、MUSUBU、UGMというセンターの立ち上げ団体のメンバーに加え、いわき市社会福祉協議会内のいわき市災害救援ボランティアセンターに応援で入っている九州ブロックの社会福祉協議会スタッフ、都内のNGO「シャプラニール」からの応援スタッフといった混成チームです。勿論、そこにもランティアメンバーが加わっています。
ゴールデンウイークスタート当初は、受付・オリエンテーション・マッチング・資機材引渡しといった一連の動きを効率よくするためにどう配置したらいいのか、手探りの状態で毎日のようにその場所を変えていましたが、漸くスムーズな流れが出来てきました。
10:00を過ぎると、10名程度のグループに分かれたボランティアの方たちは乗り合いの車で現場に出て行ってしまい、センターはほっと一息つきます。
そして、その後にセンターにやって来られるのは被災された方たちです。
「県の雇用促進住宅に入居が決まったのですが、台所用品が全く無いのでいただけませんか?」「津波で避難しているのですが、下着の着替えをいただけませんか?」「こどものおもちゃを津波でなくしてしまったので、いただけませんか?」…クチコミでセンターでの物資提供を聞いて足を運んで来られる方々です。
まな板・庖丁・鍋・洗いカゴ・紙おむつ・調味料・タオル・爪切り・衣類…。払出し簿に記入して、持ち帰られる品は様々です。
これらの品はこれまで全国各地から送っていただいた救援物資が殆どです。中には、この情報発信がきっかけになり、ゴールデンウイーク中にわざわざセンターまでボランティアにおいでくださったKさんが、「何か必要なものがあれば…」と持参してくださった台所用品も含まれています。
夕方センターに戻って来られるボランティアの方たちには笑顔があります。
仕事を共に成し終えた連帯感でしょうか。別れ難そうにセンターを後にして行かれます。
沢山の善意の結節点がこの小さなセンターであることを、実感する日々です。
今日も五月晴れ。忙しい1日になりそうです。
吉田恵美子
特定非営利活動法人 ザ・ピープル 理事長
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5月11日号
the-people
2011/05/11 10:50:00
人の波が途絶えました。
ゴールデンウィークの間、全国各地からいわき市小名浜地区災害ボランティアセンターを目指してきてくださったボランティアの方々の波が…。
それに反して、ザ・ピープルに届けられる古着の山は途切れることがありません。通常の古着提供として、救援物資として、被災後の片付けをした後の処分として…。
震災から2ヶ月。一般の方々にとっての震災は思い出へと移行しつつあるのかもしれません。
しかし、被災地には未だに現在進行形の災害があります。
9日夜、震災で津波被害を受けた江名江の浦地区の区長会にお邪魔して、災害ボランティアセンターへのニーズ聞き取りを行ってきました。
「Mさん宅に入ったボランティアさんはとてもよくやってくれて、きれいになっていた。ありがたかった」と感謝の言葉を頂いた反面、「崩れた大谷石の塀を撤去してもらおうとお願いしておいたところ、3日も過ぎてから来るって言うので運び出し易いように小さめに崩して待っていたのに、調査に来ただけでそれからだって言うから自分で片付けた。時間がかかりすぎる」といった手厳しいお叱りの言葉も頂きました。
地区としてのニーズは、個人宅のものから地区全体の側溝に流れ込んだ津波による土砂の撤去に移行しているとのことでした。
梅雨になる前に撤去しておかないと、砂や土砂で埋まった側溝が溢れることは目に見えているのです。
全ての家屋が津波で倒壊したエリアと違い、この地区周辺には全壊・半壊・一部損壊・床上浸水などの家屋が入り混じっており、重機だけでなく人の手が必要な部分が多いのです。こうした細かな聞き取りを実施したいと思いながら、ゴールデンウィーク中はボランティア対応に追われてなかなか実施できずにいたというのも事実なので、ボランティア数の減少も痛し痒しといったところでしょうか。
5月中には避難所の統廃合が進められることが決まっています。ザ・ピープルが熊本県のNPOからの資金供与を頂きながら自炊炊き出しを勧めてきた避難所でも、「22日には閉鎖になるので食材はもう要りません」という連絡が入り始めています。その避難所では、統廃合を機に1/3ほどの方が市から紹介された借上げ住宅や自分で見つけたアパートなどに移って行くと言います。中には10km以上離れた地区のアパートへの入居を決めた方もいるそうです。以前住んでいた馴染みのコミュニティに戻れる訳ではないのです。こうして離れ離れになる被災者の生活再建を誰が見守っていくのでしょうか?災害ボランティアセンターでは、そちらにこそ力を入れるべきと考えています。長い道のりのスタート地点に今立とうとしているのです。
多くの皆様の心温まるご支援に心よりの感謝を申し上げますと共に、今後末永く見守り続けてくださるようお願い申し上げます。
吉田恵美子
特定非営利活動法人 ザ・ピープル 理事長
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5月18日号
the-people
2011/05/18 11:05:00
昨日いわき市小名浜港第6号埠頭にメガフロートが到着したとの記事が、地方紙の1面に写真入りで掲載されていました。静岡県静岡市で海釣り場として使用されていた人口浮島を、東電福島第1原発の敷地内に貯まった放射能汚染水の貯蔵するため、現地まで運ぶ途中での寄港です。
原発事故以降、福島県いわき市内の地名を原発と関連するニュースと共に目にすることが多くなりました。
現在、いわき市は原発事故対応の前線基地の様相を呈しています。緊急時避難準備地域である広野町・川内村に隣接するいわき市に多くの人や車両が集結して北を目指すという姿は、震災後常磐道などで繰り広げられてきました。東電関係者が宿泊している為いわき市内の宿泊施設が予約できない状態になっているという話も聞いています。「原発特需」などという言葉まで耳にしました。
原発事故による風評被害を最も早い時期に蒙り、今事故対応の最前線に立っている…それがこのいわきだという事実が、私たちの上に重くのしかかってきます。事故の一日も早い収束を願わずにはいられません。
今、私たちの元に遠く愛媛県松山市から沢山のフライパンや調味料入れなどが届けられています。送り主は「衣・サイクル研究会」。古着のリサイクル活動を行政と連携る形で進めているグループの皆さんです。被災者支援の形として、生活再建に向けた生活雑貨の提供を申し出て下さったのです。被災者が避難所から出て行かれる時期を待って、このタイミングでの送付となりました。
他にも、これまで本会が古着リサイクル活動をすすめる上で情報交換をさせていただいた様々な団体からの義捐金や支援物資が、何度も私たちの元に届けられました。被災者の置かれている状況が変化する度に状況をお伝えし、それに応じた形での支援を届けて頂きました。
神奈川県「NPO法人WE21ジャパン」とその地域NPOの皆さん。同じく神奈川県「青い鳥」。茨城県「NPO法人すだち」などなど…。
実は、私たち自身はこれまでこうした団体とのお付き合いは古着リサイクルという分野に特化したものと考えておりました。
しかし、今回の震災以後各団体から頂いた支援の大きさを振り返るとき、こうした団体同士の地域を越えた繋がりが災害時に有効に機能し得るセイフティーネットのひとつなのだという認識を強く抱きました。
細やかな情報のやり取りによって、行政ではカバーできない部分を補えることを身をもって体験したのです。
災害はいつどこでどのように起きるか予測できないものです。だからこそ、こうした団体同士の地域を越えた結びつきが大切なのだと痛感しています。
いつか別な地域でこうした事態が起きたときに、私たち自身も手を差し伸べ、きちんと機能できる団体でありたいと考えています。
多くの皆様の心温まるご支援に心よりの感謝を申し上げますと共に、今後末永く見守り続けてくださるようお願い申し上げます。
吉田恵美子
特定非営利活動法人 ザ・ピープル 理事長
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5月26日号
the-people
2011/05/26 11:08:00
先日、ある事業所から15台近くの子供用自転車の提供の申し出がありました。
もうそろそろ市内の避難所は収束に向かって動き出している時期ではありますが、子供用自転車があることを知れば喜んでくださる被災者の方はきっとおられるだろうとの思いで、送ってくださるようお願いしました。送料の負担が難しいとのことでしたので、着払いにまでしました。
荷物が災害ボランティアセンターに届いた日、トラックから次々と降ろされる自転車を見て私たちは目を疑いました。中古の自転車であることは知っていました。しかし、サドルがなかったり、ペダルがなかったり、さびだらけだったりする自転車が届けられることは想定していませんでした。タイヤも空気が抜けていて、このまま乗り出せる状態のものは殆ど見当たりませんでした。その場のボランティアメンバーの誰もが、口を揃えて「これはひどい」「これが被災地に送ってよこす物か」と怒りを顕わにしました。「このまま着払いで送り返せ!」という者もいました。
しかし、中に居合わせたボランティアのSさんが、「パーツを寄せ集めれば何台かは生かせるだろうから、やってみましょう」と言ってくださいました。
私たちのボランティアセンターのお父さん的存在であるSさん、お孫さんの自転車を日頃から修理してあげているSさんのこの一言で自転車たちは生まれかわるチャンスを手に入れました。早速、Sさんは自宅に戻って工具一式を運び込み修理に取り掛かりました。少しでも状態の良い自転車を生かすように、Sさんは1台1台の状態を見比べながら作業を進めました。その日の午後中かかって、8台の子供用自転車を使用可能な状態にしてくださいました。
小名浜港では、これまで「アクアマリンパーク」という県立の水族館と「ら・ら・ミュウ」という観光物産センターの間の埠頭部分を「アクアマリンパーク」と呼んで港の賑わい創出の場として活用してきました。この周辺は観光客が年に200万人以上訪れるいわききっての観光地でした。ここで、私たちザ・ピープルはフリーマーケットを毎月催し、地域の国際交流・協力関係団体の仲間たちと「いわき地球市民フェスティバル」を昨年まで10回に亘って開催してきました。このエリアの一角には「まちなか案内所」が小名浜のまちづくり団体の手で設けられ、周辺で自由に乗り回せるようにと子供用自転車が用意してありました。
津波の被害で大きく崩れた埠頭。「まちなか案内所」のプレハブはどこに運ばれてしまったのか形も残っていません。自転車の姿もありません。イベント再開も、観光客の来訪も暫く叶いそうもありません。しかし、いつか復興がなってこのエリアに観光客が戻ってきてくれた時に、Sさんが修理してくださった子供用自転車が子供たちの笑顔を乗せてこのエリア内を走り回ってくれたら…。そんな日が来ることを思い描きつつ、私たちは歩みを進めていこうと思います。
皆様からこれまで送っていただいた救援物資は、殆ど問題なく被災者の方たちに喜んで使っていただいております。ご安心ください。
心から御礼申し上げます。
吉田恵美子
特定非営利活動法人 ザ・ピープル 理事長