震災通信2011年10月

—-

10月18日号
the-people

2011/10/18 10:48:00

秋の収穫祭のシーズン…。
16日は私が住むいわき市泉町のお祭でした。
町のメーンストリートを歩行者天国にして催される年1回の町を挙げての大イベント。多くの町民が集まり、町内の各地区に伝わる棒ささらや獅子舞、赤玉行列などかつて小藩の城下町であった土地柄に因んだ伝統芸能が次々と披露されるのを楽みました。今年は、ステージ近くに「富岡町民休憩所」と書かれたテントが2張設えられました。原発事故の関係で原発立地地域の富岡町から避難して来られた方々が、泉町内の仮設住宅にも200戸程度入居し始めていることから、設けられたものです。これからこの町の中で共に生活することになる方々との交流のスタートとして、このお祭は格好の機会になってくれたようです。例年を大きく上回る人出に町は大いに活気づきました。さて、先週私は国内各地を訪問し、多くの人と出会い、見聞きし、様々な学びを得てきました。渋谷区恵比寿ガーデンの恵比寿文化祭の中で催された「YOUプロジェクト」の展示。これは東日本大震災に世界29ケ国から寄せられた1000枚を越える応援メッセージ葉書の展示会です。明るいピンクのフレームに収められ、飾られたメッセージの数々はそれ自体がアート作品であると同時に、「被災地を忘れてはいない!」という強いメッセージがこめられていました。「いつの日か被災地で展示を…」と望んでおられる主催者の皆様と、実現に向けた具体的な話をすることが出来ました。愛媛県松山市で古着リサイクルに取り組んでいる市民グループ「衣」サイクル研究会の実証実験店舗と、新たに松山市が取り組み始めた福祉施設との連携による古着リサイクル事業。「衣」サイクル研究会の皆様には、震災後の物資不足の中、私たちが日々の避難所支援活動の際不足を感じた様々な救援物資の調達、特に台所用品などの調達にご尽力頂きました。今回は、地球環境基金の助成事業の一環として、当時の松山市での活動状況などについて情報を収集するために訪問しました。松山市では、行政主導での古着のリサイクルが始まったことで、それが次第に住民生活に溶け込んだものになろうとしています。その背後には、これまで地道に拠点回収とリユース活用のルートを開拓してきた市民グループ「衣」サイクル研究会の動きがあるのは間違いありません。行政主導の福祉施設との連携による古着回収事業と市民活動が上手くつながることにより、古着リサイクル事業のひとつの完成形がここで生み出されるのを期待せずにはいられません。熊本県玉名市で震災後の本会の活動を支援し続けてくれている「れんげ国際ボランティアの会」の方々といわきまで学生のボランティアメンバーを派遣してくれた九州看護福祉大学。これまでの支援にお礼を…とのつもりで訪問しました。しかし、問題はこれからであるということをお話させて頂く中で自分自身が再確認することになりました。九州看護大学の二塚信学長は、かつて水俣病に長年取り組んだ経歴をお持ちでした。一過性の支援では終わらない、終われないことを深くご理解くださっていました。今後のいわきをどう支えるかを共に考えていてくださる仲間が遠く離れたこの熊本に地にもいてくださることに、改めて感謝したいと思います。そして、熊本県水俣市での水俣病からの再生と環境首都に至る道程。「水俣がフクシマの今後の進むべき道を教えてくれる」そう言って、水俣に学ぶことを勧めて下さったのは、地元学で知られる吉本哲郎氏でした。現地に足を運んで、メチル水銀ヘドロを埋め立てた後に築かれたエコパークに立ち、水俣湾を渡る風に触れたことで、氏の言葉が何度も私の中で繰り返されました。その水俣では、この夏いわきからの子供たちを15名ほど受け入れてくださっていました。…同じ悩みを経験した仲間として。「水俣は55年かかっています。55年はダテじゃない」そう語った水俣病資料館坂本直充館長の言葉が胸を打ちました。フクシマも私たちの世代のうちに解決を…ということが望めないかもしれない。次世代のために私たちは何をすべきか…。重い宿題が残されました。余談になりますが、東急田園都市線の渋谷駅道玄坂の地下道で本会と小名浜美食ホテル(津波被災により営業休止中)の物産販売会を23日まで行なっております。お近くの皆様、足を運んでいただけたら幸いです。吉田恵美子特定非営利活動法人 ザ・ピープル 理事長